花火と祭りと肝試しと

花火の大きな音と、それを追いかけるように完成が響く。
人々に知らされてはいなかった花火の裏には、陰気な音が混ざってこそいたがそれは打ち消されて残りはしない。
アルカもエルピスも一悶着を終えて直ぐに打ち上がった花火を見上げた。
「花火、凄かったですね!」
気になってしまった音を振り払うようにアルカは、少し声を張りながらエルピスの方へ視を向ける。
「うん、夏祭りといえば花火だからね。いい趣向を凝らしてくれたよ」
エルピスは言葉を返して小さく微笑んだ。そしてさらに口を開いて言葉を重ねる。
「……さて、どうにか事は片付いたのだし、祭りを楽しもう。まだ時間はあるから」
「はい!」
満面の笑顔でアルカは応じた。
視線を祭りの繰り広げられている周りへと向けると、少しオレンジを帯びた昼白色に照らされて多くの屋台が浮かび上がるようにして存在を主張する。
射的、金魚すくい、くじ引き、お化け屋敷、他にも多くの屋台が連なり、どれもこれも盛況だった。
「あっ、見てくださいエルピス! あそこ賑わってますよ! ……射的、だそうです!」
アルカは瞳をキラキラと太陽でも反射させているかのように輝かせ、エルピスに語りかける。嬉しさは表情や声だけにとどまらず全身から溢れ出ていた。
「やってみるかい?」
そんなアルカの様子を穏やかに見上げながら、エルピスは問いかける。その声にアルカは弾むようにして振り向いた。
「はい、やってみましょう!」
やはりうきうきと弾む声で答えながら、二人は連れ立って屋台の方へと向かい歩き始める。
真っ直ぐに屋台の連なる中へと飛び込めば、すぐ目の前には射的の台が目に映った。
いわゆる当て物であり、屋台で用意された簡易的な銃から射出される弾を屋台の中側、奥に設置されている棚の景品に当てられるかどうかを挑戦するというシンプルなゲームだ。
しかしシンプルゆえの奥深さ、当たらなければ何も起こらないという側面もあり周りの客たちも、その当たるか当たらないかという一種天国と自国に振り回されていると言えた。
落胆の声と大喜びの声が屋台の前でん混ざり合う。
その横では店主が「さぁさぁ運試しだ! 今ならいい景品が揃っているよ〜」と声を張り上げていた。
店主のところまでアルカが小走りで向かうと「二人分、お願いします!」と元気に声をかける。もちろん、必要な料金を手渡すことは忘れずに。
「いいもん落とせよ〜?」
店主は上機嫌に言いながら、アルカに二人分の射的用の銃を手渡した。
「ありがとうございます。エルピス、どうぞ」
「うん、ありがとう」
二人は並んで的の前に立つ。いい意味での緊張感を二人は持ちながら、真剣な面持ちで的に向き合った。
それぞれが的に射的用の銃の先を向けると、狙いを定めて引き金を引く。
アルカの方は銃の先が上の方へと逸れてしまったようで、狙った標的をほんの少し掠めただけだった。大きく外したというわけではないあたりが逆にショックを大きくする。
しかし同時に引き金を引いたエルピスの方はというと、見事にくまのぬいぐるみを射止めていた。大きめのぬいぐるみがぐらりと揺れて転がる。
「わぁっ! すごいですエルピス! 当たりましたよ!」
冷静に的であるぬいぐるみを見つめているエルピスに対して、興奮した様子でアルカが声を上げた。
「すごいです、あんなおっきなぬいぐるみを倒しちゃうなんて!」
まさしく興奮冷めやらぬという様子のアルカに対してエルピスは少し笑って見せて口を開く。
「お、うまいこと倒れたね」
そんな風に言いながら店主の元へと向かうとぬいぐるみを受け取り、それをアルカへと差し出した。
「わっ、ふかふかです! ……えっ、ぼくにですか? いいんですか?」
アルカは反射的に受け取り、嬉しそうにしつつも確認をする。勘違いであってはならないからだ。
可能性というのは否定や確定がなければ無限にあり続ける。エルピスの意図を聞かないうちから喜んでしまうというのは、時期尚早のように思われた。
そんな揺れる様子のアルカに対してエルピスは再び少し笑ってみせる。
「ワタシはもう大人だしね」
身長は低く、アルカと並べばエルピスの方が子供に思われがちでこそあるが、インターナショナルスクールで立派に教鞭をとる身だ。
そんなエルピスが自身を〝大人〟と称するのは当たり前のことでもあり、その事実を傘に着るわけでもない。
そして何より言葉と声色からは、アルカが喜ぶだろうという心遣いが強く滲んでいた。
「……! えへへ、ありがとうございます」
エルピスの気持ちを受け取り、アルカは心から嬉しそうに破顔する。そしてそのまま、ぬいぐるみのくまをぎゅっと胸元に抱き締めた。
ぬいぐるみの方に落とした視線を再び前へと戻すと、そのままアルカはぐるりと周りを見回す。先ほど見かけたのはもちろん射的の看板だけではない。
少し歩いて金魚すくいの看板で、再びアルカの足が止まった。
「あっ、エルピス。ここ……ちょっと見てみませんか?」
そんな声にエルピスも立ち止まる。
「金魚すくいか、いいよ」
応じるエルピスの声を受けてアルカは満面の笑顔で足取り軽やかに、金魚すくいの屋台へと向かう。
「いらっしゃい。二人分かい?」
「はい! お願いします!」
アルカは笑顔と共に店主に料金を差し出して、大きめの椀と金魚をすくうためのポイを二セット受け取った。そのうち一セットをエルピスへ差し出すと、そのまま楽しげに金魚の泳いでいる大きく浅めな水槽の方へと向かう。
「たくさん掬えるでしょうか……?」
「どうかな、試してみないことにはね」
「そうですね」
エルピスは差し出された椀とポイを受け取って水槽の方へと視線を向けた。
当然ながら朱色や黒などの金魚たちが多く泳いでいる。屋台を訪れている子供たちは楽しそうに声を掛け合い、大声を発しながら金魚すくいを楽しんでいた。
そんな中にアルカとエルピスも混ざっていく。利き手にポイを持ち水面に椀を浮かべて構えた。
水面には多くの金魚の姿が映っており、周りの子供や大人の客たちがポイを水に入れる度に水面に波紋が広がる。その繰り返しの中にアルカとエルピスも入り金魚すくいに挑みはじめた。
アルカは一度はポイで金魚を掬い損ねたが、すぐにその動作を修正して次には金魚を掬い取ることに成功する。
エルピスの方はというと、ポイを器用に使って金魚を掬い取っていた。
二人してかなりの数の金魚を掬いとることに成功する。それぞれの椀の中には多くの色とりどりの金魚がひしめき合っていた。
「たくさん掬えましたね!」
アルカは大はしゃぎで満面の笑みを浮かべている。
「帰ったらちゃんと世話をするんだよ」
エルピスははしゃぐアルカに対して穏やかに言い含めながら、微笑んで見せた。
「はい! 生き物のお世話ですからね、責任持ってお世話します」
応える言葉はしっかりとしているが、声は明らかに弾んでおり嬉しさを滲ませる。
上機嫌さをそのままに軽く鼻歌を口ずさみながら、今日は一日この夏祭りのための手伝いに奔走し、祭りとは関係ないことにまで関わることになったことを思い浮かべた。
ある意味では怒涛の一日であり、達成感を覚える一日でもある。
それは満足を感じると同時に、疲れと空腹を感じさせるものでもあった。
「ちょっとおなかすきましたね……、あ、あれなんてどうでしょう?」
エルピスの方を振り返り、アルカが指差したのはチョコバナナを並べている屋台だ。
「いいんじゃないかな」
アルカの言葉にエルピスは頷く。
屋台の方へと向かってみると、チョコバナナの屋台は色とりどりだった。
かけるチョコの色は本当に様々で、一般的な茶色のチョコレートにホワイトチョコレート、ピンク色や水色などカラフルなチョコレートのかけられたチョコバナナが並ぶ。中には黄色いチョコレートのかけられた遠目にはバナナにしか見えないチョコバナナまで存在していた。
「はい、いらっしゃい!」
店の前に立つ恰幅の良い店主は笑顔をアルカとエルピスの方へと向ける。
「どのチョコバナナにする?」
そう尋ねられてアルカがハッとした。
「エルピス、どうしましょう……どれも良くて気になってしまいます」
「好きな色や気になるものでいいんじゃないかな」
「そうですね。じゃあ……すみません、このピンク色のチョコバナナを一つください!」
「こちらは通常の色のチョコバナナを一つ」
店主がアルカとエルピスの声に笑顔を向け、料金と引き換えに指定されたチョコバナナを手にして差し出す。
「今、じゃんけんに勝つとチョコバナナ一本おまけしてるんだけど、挑戦する?」
問いかけられる言葉に、アルカは目を輝かせた。
「はい!」
「じゃあいくよ、最初はグー」
構えたところから一度グーの手を作り、様子を窺うと店主がもう一度声をあげる。
「じゃんけん!」
「ぽんっ!」
アルカが出した手はパー、店主が出した手はチョキだった。
「はっ……!」
互いの手を何度も何度も確認をして、アルカは肩を落とす。
「負けてしまいました……」
「そういう時もあるよ」
愕然としているアルカに対して、エルピスは穏やかに慰めの言葉を口にした。
「そうですね~。じゃんけんだけでも楽しかったです。ありがとうございます!」
じゃんけん勝負を繰り広げた店主に礼を告げると、二人は並んでチョコバナナを口にしながら歩き始める。
二人の歩いていく先にはくじ引きの屋台があった。
「今度はくじ引きをしましょう!」
そんな風に声をあげるアルカは本当に楽しげだ。色々あったからこそ、今回の祭りを精一杯楽しんで帰ろうという気持ちに満ち溢れているようだった。
その様子をエルピスは静かに見つめながら感慨に浸る。
二人の出会いはあまりにも特殊で、奇怪で、異様で、それでいて劇的だった。だが、今はこうして穏やかで楽しい時間を過ごしている。
直前までは異様さのある事件に巻き込まれはしていたのだが、それはそれだ。
ただただ今この瞬間を楽しむ。そのことに全力投球をしているという風ですらあった。
「エルピス、早く! こっちです。くじ引き引きましょう!」
前を歩いていたアルカがエルピスの方を振り返り手招きする。
「大丈夫、くじ引きは逃げないよ」
柔らかな笑みを浮かべながらエルピスはアルカの隣に立つと、くじ引き屋の店主に一回分の料金を支払った。
「毎度〜!」
愛想の良い声を発しながら店主がくじ引きの箱を差し出す。
アルカとエルピスはそれぞれ手を入れて、中から一つくじの紙をつかみだすとゆっくりとそれを開いた。
アルカの開いたくじには「当たり」と記され、チョコバナナ一本無料とも書き添えられている。
エルピスの開いたくじには「はずれ」と飲み記されており、明暗がはっきりと分かれた格好だった。
「はっ……エルピス! チョコバナナのタダ券です!」
「よかったね。貰ってくる?」
エルピスに尋ねられ、アルカは「むむ……」と悩ましい声を上げながら思案する。
そして少し悶々とした後に再び口を開いた。
「後で貰いに行こうと思います。まだ気になる食べ物もありますし。それに……あそこ、ちょっと気になっています」
そんな言葉と共にアルカが指差したのはあばけ屋敷だ。
「お化け屋敷か。じゃあ覗いてみよう」
「はい! どんな感じなんでしょう」
相変わらず足取り軽やかに、弾むような町してアルカが進んでいく。
お化け屋敷は他の屋台とは明らかに様子が異なる場所だった。おどろおどろしい音が鳴り、何やら不穏で不安を煽るような雰囲気が漂っている。
それでもアルカは期待を胸に抱き、その様子を隠すこともなくずんずんと進んでいく。
入場料を払い、建物の中へと誘われていった。
中に足を踏み入れてみると、外でも響いていたおどろおどろしい音が反響し、暗さを強調するような電灯の光の心許なさがやはり不安を煽る。
だが、アルカはそれすらも楽しいと言った様子で瞳を爛々と輝かせながら進んだ。エルピスもそんなアルカを見守りながら、同じペースで進んでいった。
ちょっとした仕掛けから飛び出してくる幽霊に見える何かしらや、井戸のようなものから這い出してくる何かに、驚かされはしつつも想定が全くできないというほどのものでもなく、アルカはまだ楽しげな様子が先に立つ。
しかしそんな中で、決定的なことが起こった。
誰かがアルカの肩を叩いた。
彼女の認識ではその方向にはエルピスがいる。
「エルピス? どう──」
しましたか、という続きの言葉を紡ぎ出す前に、アルカの視界に飛び込んだのは幽霊の格好をした誰か。
「ひゃあっ!?」
全く予想できていなかった出来事に、たまらずアルカは幽霊の特殊メイクをした誰かを避けて、エルピスにしがみついた。
「おっと。大丈夫かい?」
しがみつかれたエルピスはというと、アルカの行動に余裕を見せながらくすくすと笑っている。
その様子は少しアルカを落ち着かせるが、それでも普段通りの落ち着きには到底及ばない。
「ひゃっ、はい……! びっくりしたぁ……」
言葉の通り大層驚いたのだろう。その様子を偽ることもなく、アルカはエルピスにしがみついたまま呟いた。
「お化け屋敷と聞いて、ただのお化けならそんなに怖くはないのではないかと思っていましたが……こういうのはたしかにびっくりします」
彼女の中では幽霊というもの自体に対しては、そこまで何かしらあるということもない。どちらかと言えば慣れている方だろう。
アルカの出自がそうさせるという面は否めないが、今回はそれとはまた別のところでの驚きが彼女を襲った。
そのことはアルカにとって想定を越えた出来事に相違なく、エルピスの服を握りしめている手がほんの少し震える。
「怖がらせというよりは驚かせだね。どちらでも面白さはあるけれど」
「あはは……でも、こういうのもおもしろいです。ドキドキしました……」
アルカはエルピスにくっついたまま、歩いた。今しがた驚いたばかりで心臓がまだ大きく跳ねている。心拍数が上がっていることは妙なまでに如実に意識してしまい、それがまた状況の変わらない悪循環を生み出していた。
それでもゆっくりと道に沿ってまっすぐ進んでいけば、出口が見えてくる。暗かっただけだった場所に光が溢れ、そして外へのつながりを感じさせた。
そこまで辿り着いてしまえばなんということはない。
ただ入り口の近くにある場所から建物の外に出てきたに過ぎないのだから。
しかしアルカは思う。
やはりチョコバナナの無料券は先に使わなくて正解だった、と。