ココロはそこにあるか。(45)

 それは雨の日のことだった。
 ただの雨ではない。バケツをひっくり返したような、土砂降り。
 環はそんな雨粒が激しく降り注ぐ街の中を走っていた。その理由はただ一つ、少しでも雨に濡れる時間を減らすためだ。
 ぴしゃぴしゃと走る足に合わせて水の撥ねる音が鳴る。
 それでも環は豪快に街中を駆け抜けていった。行き交う人々も傘を持たない者は環と同じように街を駆けるか、諦めて雨宿りをするかのいずれかだ。
 一刻も早く自身の住まう屋根の下に帰りたいのだろう思いがひしひしと、見るからに伝わってくる様子の環だったが突然にぴたりと足を止めた。
 そこには誰もいない、ただの薄暗い路地だ。
 だが環は視線を路地の奥へと向けたまま動かない。否、動けなかった。

 ──この奥に何かがある。

 元来よりがたいに反して〝恐い〟ものに耐性はかなり低い環だが、それを凌駕する興味と好奇心そして義務感にも似たものをはっきりと感じて立ち尽くす。
 そうしている間にも雨は降り注ぎ、環の身体を余すところなく濡らしたが、気にするそぶりもないまま彼は路地の方向へと足を向けた。
 何があるのだろう、そう考えると〝恐い〟という感情は環の内側を駆け巡るが、それを振り切って足を進める。
 路地の奥に何があるのかを、確かめるために。
 街灯のない細い道は暗く、空を覆う黒く分厚い雨雲の影響でさらに暗さを増していた。
 これまでとは打って変わって、環はゆっくりとした歩調で路地の奥へ向かって進んでいく。すっかり恐怖と興味が逆転してしまった環は驚くほど落ち着いていた。
 行き止まりになっている場所へと到達すると、ほんの少し広くなっているそこには紙や木製の箱が乱雑に置かれている。その中に埋もれるようにして人──少なくとも人の形をしているもの──が雨に打たれて眠っていた。
 環はその様子に息を呑んだ。
 眠っているようにも見えるが、環の立っているところからは目の前の人が息をしているのかどうかすらも分からなかったからだ。
 状況の分からぬまま環は一歩、おそるおそる近づいて様子をうかがう。
 その人は色素の抜けた白い髪に瞼を閉じていてもわかる整った顔立ちを持ち、無地の寸胴な服を着ていても察することの出来る身体のラインは細いものだった。
 何があったらこんな状況になるのか。理解は全く追いつかなかったが、今この状況のままにしておいてはいけないということだけは、環にもよくわかった。
 視線を右往左往させてみても雨を凌げるような場所は見当たらない。この路地には屋根は皆無だ。建物と建物隙間の道、それ以上でもそれ以下でもなかった。

 ── これはもう仕方ない。

 観念した環は目の前の誰かも分からない何者かを慎重に抱き上げた。
 華奢な見た目に反してしっかりと重みを感じて安堵したような、やはりそうでもないのか、複雑なところだ。だがそうも言っていられない状況かつ、ここまで関わったならこの人物を放置する訳にはもちろんいかない。
 環は一度呼吸を整えると、抱える手に力を込めて足を動かし始める。
 まだ雨は降っていたが先ほどよりもいくらか雨足がおさまってきており、環が自身の家にたどり着く頃には完全に止むだろうと楽観気味に予想を立てた。
 実際は彼が自宅へ辿り着いたとき、雨はまだ少し降っていて残念ながら読みは外れてしまっていたが、それは瑣末なことだ。
 何故ならば、自宅に連れ帰った名も知らぬ何者かが目を覚ましたからだった。
「……ここ、は?」
 環に抱き抱えられながら、ゆっくりと目蓋を押し上げてぼそりと呟く。声に反射的に視線を向ける環と、開かれた瞳からの視線が絡まった。
「あ……」
 まさかぶつかると思ってはいなかった視線がそこにあり、環は思わずどきりとしてしまう。
「ごめん! あんたがその、雨の中で倒れてたから……その……」
 勢いで部屋に連れてきてしまったとは言えずに環は口ごもった。その様子をただじっと見上げていた目の前の人物は菫のような色の瞳を環に向けたまま、小さく「なるほど」と呟く。
 次に少しの間の後に、はっきりと口を開いた。
「君が僕を助けてくれたんだね。ありがとう」
 その言葉と共ににこりと微笑む。穏やかな声は中性的な印象をまだ覚えさせるが、環の想像よりもずっとその印象は薄かった。
「どーいたしまして」
 環は言葉を返しながら、その場にゆっくりと身体をおろしてやる。そして何かを気づいた様子で再び口を開いた。
「なぁ。あんたの名前、なんてぇの?」
「……そう、ご。壮五だよ」
「ふぅん……じゃ、そーちゃんな」
 壮五と名乗った彼に、環は屈託なく笑いかける。環のその表情に壮五は面食らった様子を見せたが、すぐに微笑んで見せると「君の名前も教えてもらえるかい?」と尋ね返した。
「俺は環。四葉環っていうんだ」
「そう……環くん、改めてありがとう。僕のことを助けてくれて」
「別に気にしなくていいけど」
「そういう訳にはいかないよ。何か……お礼させてくれないか?」
 この、壮五と名乗った人物はなかなかに律儀なたちらしい。別にいいと伝えても頑なに何かお礼をさせてくれと主張を繰り返してくる。
 何度が同じやり取りを繰り返しているうちに、環が折れた。
「……分かった。けど、特に思いつかねぇんだよなぁ」
 ここ最近の生活に取り立てて困ったことはなく、言葉の通りに環は何も思いつかない。すると壮五がぐるりと部屋を見渡してから口を開いた。
「見た感じだと、部屋の片付けまで手が回っていないみたいだ。もし良ければ片付けを手伝わせて貰えないかい?」
 片付けは得意なんだと付け加える壮五は、言葉の通り得意げだ。その様子に環は可愛げを感じながら少し悩むように声を漏らす。
「だめ……かな?」
 壮五の様子は恩返しの提案というよりは、何かをねだるようなもので、環としては何ともいえない気持ちを抱いてしまう。悩ましさと、拒めないと感じる部分が同居していた。
「じゃ……頼む。俺、片付け苦手なんだ」
 苦笑いした環に壮五は笑い返す。
 ここに奇妙な同居関係が出来上がった。

 環は普段、長時間営業の販売店で店員をしている。シフト勤務なこともあって彼の仕事時間はまちまちだ。
 最近は世の中にアンドロイドが普及し始めていて、その浸透具合は一般家庭にまで至る。環の働く店でもアンドロイドは一定量採用されているが、彼はアンドロイドのことがよく分からないでいた。
 実際触れる機会はいままで訪れず、たまに店や施設の中で出くわす程度だ。分かりやすく機械であると分かればまだしも、最近のアンドロイドは完全人間型であり少し見た程度では人間と遜色ない。
 それゆえに環ぐらいの知識しかない人間に判別することは至難の業だった。職場のそれすらよく分からない。
 ひとつ分かることがあるとするならば、人間とは似て非なるものであるということくらいだ。
 そんな近くて果てしなく遠い隣人とも言えるアンドロイドに気を揉みながらも、環は必死に日々を生きていた。
 壮五の存在は、目に見えてわかりやすい変化だった。
 恩返しをする、と称しただけのことはあって環の自室は未だかつてないほどに美しく保たれている。
 日々に追われて生きている環にとって、食事をとって寝る場所でしかなかった自室が、今では壮五のいる安らぎの場所になっていた。
 それもたった数日での話だ。にわかには信じ難い。だが、これが真実だった。
 壮五の存在込みで、日常になっている。すっかり変貌を遂げた毎日は、環にとってこれまでとは比にならないほどに幸せを与えていた。
「環くん」
 今日もすっかり日常となった壮五の起床を促すための呼び声をモーニングコールにして、環は目を覚ます。
「んん~……」
 気だるげな声とともに身体を伸ばして、大きな欠伸をひとつした。それでもなお目は覚めきらず、開ききっていない目蓋の隙間から視線を壮五へ送る。
「やっと起きたね。おはよう、環くん」
 にこやかな声と表情が眩しい。すっかりこれが日常になっていて、少し前まで一人で暮らし生活をしていたとは信じ難いほどだ。
「ん……おはよ、そーちゃん」
 やっと声を返しながら、環はゆるく壮五に微笑みかけた。
「ご飯出来てるよ、食べるだろう?」
「あ……」
 穏やかだった朝の空気が一瞬で変わる。
 環がこの日常を獲得することで学んだことがあった。
 それは、料理は決して下手ではないが壮五の味付けはかなり独特だということだ。もっと平たく言えば、何故かやたらめったらと辛い味付けの料理が出てくる。
 環は根っからの甘党であり、これまではあまり辛さの強い食べ物は食さずに生活してきた。それがこのいくらかの期間、壮五と暮らし始めてからはほぼ毎日のように摂取している。
 が、慣れない。
 辛いものは辛いし、この刺激はなれるという次元ではないと思えるほどの辛さのものばかり出される。耐性がつくなんて夢のまた夢だ。
 慣れないことは食事ばかりではない。壮五の存在そのものについても同様になれないと感じていた。
 否、慣れはしたのだ。慣れていく中で、別の感情が環の中に生まれてしまったことが原因だった。
 理由は分からない、たが緊張に似た何かを感じる。毎朝毎朝どきりとするし、自分の家に壮五という存在がいるという現実だけでかなりの驚きにすら思えた。
 自分が連れてきて、半ば強引にここに住まわせていると言っても過言ではないのに。
「環くん?」
 環の思考を遮ったのは悩みの種の当人である壮五の声だった。
「ごめ……」
「早く支度しないと。今日は仕事だろう?」
「……ん」
 正確無比に環よりも的確に彼の予定を告げる。環はこういうときの壮五は苦手だ。なんだか冷たく感じる。
 言動的な淡白さはもちろんなのだが、それ以上に妙な冷たさのようなものを環は感じていた。
 もしかしたら、こういう時には怒らせているのかもしれない。環はそう考えている。とは言っても、確認をしたことは無かったが。
 今日も激辛の食事を口に入れ、壮五に見送られて家を出た。

 人間、というものは難しい。
 いくらそれらしく装って、飾り付けて、理論としては完璧に振舞ってなお不足する。寧ろ、完璧であればあるほどに人間らしさからは遠のいていくのだ。
 ──それこそ知り得た情報でしかないけれど。
 誰もいなくなった部屋で、壮五窓から空を眺めていた。
 昨今のアンドロイドの需要増加に伴い様々なタイプのものが開発されている。そのうちの一つか、人間と変わらない存在をめざしたコンセプトを掲げるタイプのアンドロイド──壮五はそれに該当するものだった。
 とは言っても、彼は廃棄されたガラクタに過ぎない。少なくとも当人はそう認識していた。
 だからこそ、そんな自分を拾ってくれた環には返しても返してもそれでも返しきれない恩を感じていて、ずるずるとここに居座り続けている。
 本当はスクラップを待つだけの存在だったはずの壮五に、文字通り救いの手を差し伸べたのが環だった。だが、このままではいけない。いつかは限界が来る。
 自分は調整の効かなくなった機械人形でしかなく、環は今を生きる人間だ。
 履き違えてはいけない。勘違いをするということすらあまりにも冒涜的で、あまりにも失礼なことと思われた。

 ──そろそろ潮時なのかもしれない。

 そんなことを思う。だが、環と一緒にいると壮五はあたたかさを感じてたまらない気持ちになるのだ。ないはずの心臓が高鳴るようなそんな感覚だった。
 知識でしかなく、文字の羅列でしかないはずの〝気持ち〟が実感を伴って溢れてくる。
 だからきっと自分はスクラップにされるのだろう、そんな事まで考えた。
 こんなにもバグと欠陥で出来ているのだから、当然だと。
 離れなければという気持ちと、相反するこのままでいたいという気持ちが壮五の中で交錯する。ないまぜになったそれは、壮五の中で渦を巻いていてひとつの形にすらとどまらない。
 こんなことではいけないのに、別の存在にそれを頑なに否定され続けているような状態だった。
 壮五の手はそれでも普段と変わりない時間を過ごす。環の部屋の中で一通りの家事をこなして、彼の帰りを待つのだ。それが今の壮五の仕事だった。
 元来、壮五の機能としては大体の物事に対応できるようにできている。主が求めるものを実現できるように多くの行動パターンが記憶されていた。
 だから何をするにしても困るということはない。
 だが、それは行動に対してのみのことだ。彼の中に生まれた〝何か〟に対しては、ひとつたりとも役には立たない。
 壮五はずっとその〝何か〟を持て余す。記憶のメモリーにも、知識のデータにもないそれを、彼は処理できないままだった。
 彼が悶々とする中で時間は経ち、明るかった空はすっかりその色を変えていく。
 いつの間にやら夜を迎えた壮五はすっかりやれることを失い、手持ち無沙汰に耳をすませるばかりだった。

 ただ何をするでもない。ひたすらにぼんやりと時間を無為に過ごしていた壮五の身体が小さく動く。
 それは夜もそれなりに深い時間、とんとんとリズミカルな音が聞こえ始めた。壮五が反応したのはこの音に対してだ。
 これは、環の足音だった。この部屋は集合住宅の一室で、他の人間が帰宅する足音である可能性は否めない。
 だが、壮五ははっきりとこの足音が環のものであると認識していた。
 その証拠に大きくなった足音が、壮五のいる部屋の扉の前でぴたりと止まる。次に扉の鍵を開く音が鳴ったかと思うと、扉は大きく開かれた。
「ただいま」
「おかえり、環くん」
 壮五の認識に狂いはない。姿を現した環を、壮五は穏やかな笑みを浮かべて出迎えた。
「いつも言ってっけど、寝てていいんだからな?」
「……僕が好きで君を待っているんだよ」
「うぅ〜……」
 環は納得がいかないという表情を見せながらも、言葉は返せない。はっきりと待っていると口にされると、嬉しくなってしまったのだ。
 それはもう、どうしようもなく幸せに感じてしまうほどに。
 少し緩んだ表情はその証左のようであり、環は結局のところ何も言えないままだ。
「食事は済ませてきたのかい?」
 壮五の問いにはっとする。環は思い至ったのだ、彼の料理の味付けについてを。
「……もう、作った?」
 おそるおそる尋ねてみると満面の笑顔で頷く壮五の姿があり、環は表情を引き攣らせた。
「食べてきていないのなら、軽く食事をしよう」
 変わらずの笑顔はこの上なく楽しげで、否定の言葉を口にすることがあまりにも気の引けるものだ。結局、環は促されるままに食卓につく。
 だが環の覚悟に反して、壮五は普段よりも格段に一般的な味付けの料理を差し出してきた。
 さらに盛り付けられた料理は赤くもなく、涙の出るような刺激を感じさせる調味料の香りもない。どこかの定食屋にでも入ったかのような食欲をそそられる香りと、それを裏切らない美しく飾られ並んだ食事たちを目の前にした環は目を白黒させた。
「すげー……どうしたん、そーちゃん」
「何がだい?」
「この料理」
「環くんによく辛いと言われるからね。今日はその原因を可能な限り排除出来るようにしてみたんだ、どうかな?」
「めちゃくちゃビックリした!」
 言葉よりもはっきりと目を輝かせている環の様子に、壮五は安堵する。
「食べようか。環くんも準備して?」
「ん!」
 環は弾む足取りで手洗い場へと消えた。その様子はまるで大きな子供で、その微笑ましさは自然と壮五の表情を緩ませる。だが次の瞬間、壮五の表情は緊張で引き締まった。

 ──今日こそ、今日こそは。

 これまで言い出すことの出来なかった事を、口にしようと決意する。
 甘えてはいけない、頼ってはいけない、嘘をつくなどもってのほか。無いはずの胸の奥の何かがチクリとする。
 これは彼を偽ってきた罰だ。今日この日々の全てが壊れるのだとしても、このまま不義理を続けるよりはきっといい。
 そのはずだ。
 半ば強引に全てを飲み込む。
 そんな面持ちの壮五を環は戻りがてらちらりと見遣った。
 今日の壮五の様子に違和感をずっと覚えている。というよりは、ここ最近の壮五はずっと思い詰めている風だ。
 何を悩んでいるのか壮五の思うところは環には分からなかったが、彼の様子は不安であり心配でもあった。
「そーちゃん」
 環は堪らず壮五を呼ぶ。
 するとまるで弾かれでもしたかのような勢いで、壮五が環を振り返った。
「どうしたの? 環くん」
「それ、こっちのセリフだから。そーちゃんこそ、最近どうしたん?」
 質問の言葉に質問の言葉を重ねられ、壮五は口を噤む。まさかこんなにもはっきり問われるとは思っていなかった。
「……どうもしないよ」
 ようやく口を開いた壮五の言葉はありきたりな否定の言葉で、表情も声もそれに対してはそぐわない沈痛さがある。
 環は口を尖らせた。
「ウソだな」
 断ずる声に迷いはなく、視線は真っ直ぐに壮五を捉える。
 そんな環の姿に壮五は甘えて縋りたくすらなった。けれど、それではいけないと必死に自分を律する。
 この世の中、どこをさがしてもこんな間抜けで愚かなアンドロイドは存在しないのではないだろうか。
 機械のままでいることも出来ず、人間になることもまたかなわない。
 あまりにも中途半端な存在であることに、壮五はあらためて絶望する。震える口が一度は言葉を紡ごうと開かれるが、そうすることは叶わない。
「そーちゃん?」
 環は心配だとはっきりと伝わる表情で壮五の名を呼ぶ。
「……ご飯、食べよう。話はそれからでも」
「わかった……」
 渋々という様子の環だったが、腹の虫は容赦なく空腹を主張した。
「ふふ。もう準備できるからね」
 壮五は穏やかな表情で微笑んで、次には食卓の準備を終える。
 そして二人は向かい合ってテーブルにつくと、豪勢な〝普通〟の食事を堪能した。
「……やっぱさ、そーちゃん……なんか変」
 食事を終えてから環はぼそりと呟く。壮五は再びどきりとしながら、曖昧に笑った。
「ぜってー、なんか隠してる」
 じろりと向けられる視線とほんの少し尖った唇が、壮五に罪悪感を抱かせる。
 ──これもまた自業自得か。
 苦しげな表情とともに壮五はひとつ、深い息を吐いた。
 覚悟を決めなければ。騙し騙しの関わりなんて、彼にとってあんまりなことだ。
「……これまで、環くんにずっと黙っていたことがあるんだ」
 真剣で深刻な壮五の様子に、環はただ押し黙る。真っ直ぐに向けられた視線が静かに言葉の続きを促していた。
「僕、人間じゃないんだ」
 ぴしりと空気も時間も凍りつくような静寂だけが部屋にある。
 それでも環は声を発さない。驚きに見開いた瞳でそれでも言葉を促す。
「アンドロイドなんだよ。しかも、廃棄処理される予定のアンドロイド」
「廃棄……?」
「そう、廃棄。僕は欠陥品だから」
「なんでだよ、そんなこと!」
「……僕は擬似的にでもはっきりと感情を持ってしまった。機械に感情はいらない、処理に支障をきたすからね」
「……」
 淡々と第三者のように自身のことを語る壮五に、環は唖然とするばかりだ。理解が追いつかない、それが全てだった。
「だからね……環くん。君が拾ってくれてから今日までとても楽しかったけれど、僕はここで幸せでいてはいけないんだ」
 壮五は相変わらず淡々と言葉を紡ぐ。感情を介在させることなく、務めて普段よりも感情を消しているようでもあった。
「……なんで。なんでっ!」
「ごめんね……だから、僕は今日で消えるよ。今までありがとう、短い間だったけど楽しかっ……」
 最後まで壮五が言葉を口にする前に、環が肩を掴んだ。力を込めた手は震え、俯きながら下唇をかみ締めていた。
「どうして急に、んなこと言うんだよ……っ!」
 ばっと勢いよくあげられた顔には悔しそうな表情が浮かんでいて、瞳にはうっすら涙が溜まっている。
「……環くん」
「あんた、急すぎんよ……」
 ぼやくようにそう言ってから、環は壮五の肩を掴んだままだった手を離した。そしてその場で姿勢を正すと、壮五の方を真っ直ぐに見つめる。
「なんでアンドロイドだからってだけでそんなこと言うんだよ」
「アンドロイドだから、じゃないよ。僕が廃棄されるはずだったアンドロイドだからだ」
「知らねぇよ。少なくとも俺にとって、そーちゃんは捨てられなきゃいけないやつじゃない」
 真剣そのものの環の表情と紡ぎ出される言葉に、壮五のないはずの心臓がドキリと軋んだ。
 こんな欠陥品の自分を求めてくれるという事実が、嬉しくて嬉しくて、辛い。
 きっと自分では環を満たせない、だからと思うのにない心がここに居たいと叫ぶのだ。
 壮五は言葉を返すことすらままならず立ち尽くす。だが環はさらに言葉を重ねる。
「俺はそーちゃんが人か機械かとか、そんなんどーでもいい。そーちゃんと一緒にいて、これまでよりも何倍も楽しくなったんだ。そーちゃんじゃなきゃだめなんだよ」
 必死に言葉を発する環は余裕のない表情をみせていた。それは半ば懇願でもあり、決死の祈りでもある。
「……っ」
 壮五は知らなかった。こんな風に祈る気持ちを、そしてこれほどまでに環に想われていたということも。
 同じ時間を生きられるのはわずかかもしれない。壮五の機械としての部分が悲鳴をあげるかもしれないし、何が起きるかなんて分からないものだ。
 壮五に何もなかったとしても、稼働の時間が環の寿命を凌駕してしまうということもまたありえる話だった。
 根本的な存在の違いは、共に生きるということに対して困難ばかりを突きつける。
「だめだよ……環くん。僕はいつ壊れるか分からない。壊れなかったとしても君は……」
 壮五の不安の言葉を止めたのは環の人差し指だ。
 しぃ、とまるで内緒話をするかのような動作に、壮五はどきりとした。
「そういうの関係ねーから。どんな風になるんだとしても、そーちゃんと一緒にいる。大事、だから」
 環の笑顔は、普段の屈託のなく愛嬌を感じさせるものとは違う。穏やかでいて愛情深い、そんな笑みは壮五の不安を一瞬にして溶かし尽くしてしまった。
「僕で、いいの?」
「そーちゃんがいいの!」
 不安など微塵に吹き飛ばしてしまうような笑顔に、壮五もつられて微笑む。
 雨の日も、風の日も、雪の日だってきっと二人なら晴れの日だ。
 お互いの存在がこんなにも眩しいのだから。